大師号下賜1100年

高野山 結ぶ庵に袖朽ちて 苔の下にぞ 有明の月

延喜21年(921)10月27日、お大師さまが醍醐天皇より
「弘法大師」の諡号しごう(贈り名)を賜り、本年で1100年目を迎えます。

先日参篭した総本山善通寺でも法要が行われますが、もちろん当山においても10月16日開白、10月26日結願として法要を行います。

醍醐天皇の御代、天皇の夢枕に髪もヒゲも伸び、衣もボロボロになった僧侶が現れ、このブログ冒頭の歌を詠まれました。天皇は「これは空海に違いない」と確信され、空海の功績を讃え入定後数十年を経て大師号を賜れたのです。

大師は弘法に取られ、太閤は秀吉に取られる

という言葉もありますが、「大師」という「称号」は、多くの高僧が持っておられます。本邦において初めて大師号が贈られた方は、天台宗の開祖、伝教大師最澄ですが、それぞれの宗派の宗祖が大師号を贈られておられ、日本国内には10人を超える「お大師様」がおられます。


しかし私たちが「お大師様」と言えば、ほぼ弘法大師を指す場合がほとんどです。

虚空尽き、衆生つき、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん 

「この宇宙の生きとし生けるものすべてが解脱をえて仏となり、涅槃を求めるものがいなくなったとき、わたしの願いは終わる」という御誓願のとおり、弘法大師は、それから1100年以上にわたり、姿には見えないかもしれませんが、同行二人の言葉通り、私たちと共におられ、苦楽を共にされておられるのす。

ありがたや 高野の山の岩かげに 大師はいまだ おわしますなる
比叡山延暦寺座主 慈鎮和尚

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